本当は手術なんて受けさせたくない
いよいよ、この日がやってきた。
やってきてしまった。
この日まで1ヶ月間通院はなく、元気な結実を見ていると未だに病気だなんて信じられない気持ちだった。
でも手術をしなければならない…。
本当に必要なのかと思ってしまう。
この入院より一週間程早く私は子宮頸がんの治療を始めていて、ほとんど毎日通院しなければならないのと、下の子が私じゃないと泣くので、今回は夫に付き添い入院してもらうことになった。
甲状腺悪性腫瘍(cT1aN1bM1)、甲状腺全摘出・両頚部リンパ郭清
前日に入院して、耳鼻科の別の先生から手術の説明を受ける。
起こりうる全ての事を説明しなければならないのだろうが、
・甲状腺を摘出する際、腫瘍がどこまで転移しているかで切り取る範囲が変わり、反回神経に傷がつくと声が出にくくなるかもしれないこと
・反回神経に腫瘍が浸潤していた場合は、切断せざるを得ない可能性があること
・手術によって喉がむくみ、気道を塞いでしまうと気管切開する可能性があること
・舌や口角の動き、呼吸、腕などの神経障害
・術後に再度出血したり、リンパ液が漏れて皮下に溜まり改善されなければ再手術の可能性があること
・甲状腺全摘出による甲状腺機能低下で生涯服薬が必要になること
これらを淡々と説明され、手術によって少しでも良くなる、と希望を持っていたのが一気に不安になった。
受けさせたくないのに、受けさせなければならない。
本当は他人に結実の命を預けたくなんかないのに…
私には専門的な知識も技術もないのだから、任せるしかない。
なんて無力なんだろう。
説明の紙には甲状腺悪性腫瘍(cT1aN1bM1)、甲状腺全摘出・両頚部リンパ郭清とあった。
甲状腺悪性腫瘍(cT1aN1bM1)、難しいことは良くわからないが、これが結実の正しい診断名(病期?)になるのだろう。
術後に入るICUの見学
ICUの看護師さんが来て、夫婦でICUへ入る時の流れを、実際にICU手前まで行って説明してもらった。
インターホンを押して名前を言うと、自動ドアを開けてくれる。
入ってすぐの手洗い場で念入りに手を洗い、必ずマスクを着けて中に入る。
明日は中に結実がいるのか…
考えたくないな。
いよいよ甲状腺全摘出手術へ
当日朝5時からは飲み物も禁止になり、
9時までには手術着に着替え、仰向けで手術を受けても邪魔にならないように、左右で三つ編みにした。
「結実ちゃん、もし手術で寝ている間にね、川を見たり、誰かが呼んでても、そっちへ行っちゃダメだからね?」
これは本当に私が結実にかけた言葉。
それくらい不安だった。
9時半前に看護師さん達が迎えに来てくれた。
今回は大きいベッドのまま手術室へ…
祖父母、夫と私と次女、皆で手術室の前で見送った。
これが最後になったらどうしようか、
この元気な声が聞けなくなるのかな、
色々な不安があったけど、
「前と同じように寝ている間に終わるからね!待ってるからね!」
そんな風に言葉をかけた。
手術は6時間の予定。
次女の世話や昼食をとったり数時間はバタバタしていたので、それほど長くは感じなかった。
午後3時が過ぎ、そろそろ終わるかな…
生検の時は思っていたより早かったのに、今回は時間を過ぎても中々声がかからない。
皆そわそわしながら待っていると4時半頃ようやく無事手術が終わったと教えてもらった。
無事終わった手術と、術後の我が子を見る衝撃
まず、疲れた様子の主治医の先生から、
片側反回神経を囲むように腫瘍があったので、腫瘍を取り除く際に触っていて切断はしていないが、しばらく声が戻りづらい可能性があること、そして副甲状腺を2つ戻せたと説明を受けた。
副甲状腺がないと、体内のカルシウム濃度の調整ができなくなるので、甲状腺ホルモンの薬の他に、カルシウムの薬を飲むことになる。
甲状腺の全摘出は仕方ないけど、副甲状腺だけでも無事であって欲しかったのでホッとした。
我が子のために、こんなにも長時間、何人もの人が手術に関わってくれて、とてもありがたかった。
早く結実に会いたいな…
6時半頃ICUに呼ばれ、やっと会うことができた。
生検の時は、人工呼吸器は外した後だったが、今回はついたまま。
自分で人工呼吸器を抜いてしまわないようにと、手首に巻かれた包帯が伸びてベッドの柵に繋がっていた。
その両腕には点滴が入っていて、
首からはドレーンと呼ばれる血液やリンパ液を排出させる管がついている。
機械がピッ、ピッ、と一定の間隔で音をたてる。
大きな注射器がセットされた機械は、設定された時間がくると麻酔を追加してくれるらしい。
ショックな光景だった。
なんだか現実感がなかった。
担当の看護師さんがやってきて、
「今から麻酔の量を下げて、少し意識を戻すので声をかけてあげて下さい。」
と言ってくれたが、
「結実ちゃん頑張ったね、手術終わったよ」
と言うと、呼び掛けには薄く反応するものの、口に入っている管のせいで何回も嘔吐いてつらそうにしていて、可哀想で見ていられなくなり、
「管が気持ち悪いみたいで嘔吐いているので、早く眠らせてあげてください。」
と、すぐにお願いしてしまった。
そんな姿を見て、夫も私も涙が溢れる。
手術が終わった安心感と、目の前の光景の現実感の無さ、こんな状態からちゃんと元気になるの?という絶望感、色んな気持ちが混じり合って涙にしかならない。
一度退室するように言われ待合室にいると、前日ICUを案内してくれた看護師さんが来て、
「先程泣かれてたみたいですが、何か想像と違いましたか?」
と言われて驚いた。
あんな光景を見て涙が出ない人がいるんだろうか。
そもそも大きい手術なんて初めてで、言葉で説明を受けていても実際に見るのとは大きく違うし、朝まで笑顔でふざけていた子が、今は声も出せないのに、それを見てショックを受けてはいけないの!?
と腹が立ったが、
「いえ、大丈夫です。」
と短く答えた。
小児がん患者家族のメンタルケアのための質問だったんだろうけど、無神経な聞き方だなと思った。
今は必要なことだけ伝えてくれていたら、それでいいのに…。
祖父母にも交代でICUに入って面会してもらった。
私達ももう一度会ったが、今夜はICUで一晩過ごすのと、麻酔で眠っているので付き添いは必要なく、一度帰宅して構わない、とのことだったので、明日からの入院に備え、夫にも家で寝てもらうために一旦皆で帰ることにした。